2025年11月29日(土)、DO-BOX EAST(北海道新聞社ビル1階)にて「第50回学術講演会」を開催いたしました。記念すべき第50回目となる今回は、弁護士の亀石倫子(かめいし みちこ)氏をお迎えし、「裁判を通して社会を変革する」をテーマにご講演いただきました。
講演では、亀石氏の経歴と弁護士としての活動の紹介から始まりました。小樽市出身の亀石氏は東京の大学へ進学後、札幌の企業へ就職。大阪へ転居後、一念発起して司法試験に挑戦し、34歳で弁護士資格を取得するという異色の経歴の持ち主です。法学部出身ではなかったにもかかわらず弁護士を目指したのは、“「理不尽なことが嫌い」という性格に合っていたから”とのことですが、それは現在の亀石氏の弁護士活動においても土台となっています。
そうした使命を胸に、亀石氏は弁護士になってからの6年間で200件以上の事件を担当されました。なかでも「クラブ風営法違反事件」や「GPS捜査違法事件」、「タトゥー彫師医師法違反事件」など、社会的に大きな注目をあつめた裁判も担当されました。
法律の条文はきわめて抽象的であり、そこに裁判所の解釈(裁判例)が加わることで初めて「生きた法」となります。弁護人にとってはどのような解釈を引き出すかが腕の見せ所だといいます。それは、“法律にこのように書かれているから”と思考停止になるのではなく、その法律が作られた時代や背景、そして現在の位置づけなどを、あらためて捉えなおす作業に他なりません。それこそが「生きた法」への一歩となります。
しかし、そうした「生きた法」への道のり、ひいては「人権を守るための闘い」には大きな壁があるといいます。それがお金です。弁護士への報酬や裁判に提出する書類の作成費、そのための調査費など、裁判にはお金がかかります。もし最高裁まで争われた場合、その一連の裁判費用はいち個人にとって非常に大きな負担となります。上記の裁判では、亀石氏はボランティアで弁護を担当しましたが、その他の費用はとても賄いきれないため、はじめて裁判費用をクラウドファンディングで支援を募るという取り組みをされました。その結果、無罪判決を勝ち取るに至りました。
亀石氏は、そうした「正義のコスト」が法律や社会に大きな影響を及ぼしうる「公共訴訟」の大きなハードルとなっていると指摘します。すべての国民が恩恵を享受しうるにもかかわらず、その金銭的?時間的費用負担の問題で、それを扱う弁護士は少なく、「公共訴訟」の数は限られています。そこで亀石氏は公共訴訟を扱う専門家集団「LEDGE」を立ち上げ、そうした課題に取り組んでおられます。それは「少数者の人権侵害を是正する」とともに、急速に変化する社会と従来の法律?制度とのギャップを埋めることによって、より良い社会を目指すことにもつながると指摘します。
講演後には、質疑応答を行いました。
まず「LEDGE」の活動に際しての難しさについての質問がありました。それについて亀石氏は、「現在取り組んでいる母体保護法のケースにも該当するが、海外では抽象的に法律や条例についての公共訴訟が可能だが、日本では訴訟には原告が必要となるため、何らかの公共訴訟を起こすにも原告を引き受けてくださる方を探すところからはじまる。しかし、原告となるのはとても勇気がいるし、誹謗中傷を受ける可能性があったり、プライバシーにも関わったりする。そのため、問題意識があり公共訴訟を起こしたくてもできない、というケースがあることが、LEDGEの活動の難しさ」であると述べられました。
また、過去に刑事事件の国選弁護人となった事件のうち、印象に残った事件についての質問では、「弁護士になった直後くらいの時期に担当した事件で、被告人に感情移入し過ぎて、法廷で弁論する際に涙ぐんでしまったもの。その際、先輩弁護士から、“プロの弁護士として、弁護対象と一体化してはならない”と言われたことが印象に残っている」とのお話がありました。
そして、公共訴訟の取り組みについての質問に対しては、「日本では公共訴訟の資金調達が海外と比べると難しい面がある。じつは現在も幅広い層から支援いただいている。今回のような講演会を積み重ね、意義を知っていただき、理解を得たいと考えている」と話されます。
法学部生へのメッセージとして、「単に“法律を知っている”というだけでなく、古い法律や制度のもとで息苦しさ?生きづらさを感じている人々の“社会の痛み”を感じ取れるような共感性が必要である」ということ、そして「目の前の法律や制度を疑う勇気こそが、“生きた法”へつながる」ことを述べられました。これは本学の学生に限らず、法律を学ぶ学生に対するとても力強いメッセージとなったように思います。
※本学の「学術講演会」は、1977年に開催した「学術講演会-人文学部開設記念-」(札幌市)を手始めに、生涯学習の一端を担う地域貢献活動として全道各地で回を重ね、これまで3万人を超える市民のみなさまにご来場いただいております。